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2007年03月14日

浜田省吾(浜省)【浜省】

浜田省吾(浜省)画像1
浜田省吾(浜省)(はまだ しょうご、1952年12月29日 - )は、広島県竹原市出身の日本のシンガーソングライター、ロックミュージシャン。O型。広島県立呉三津田高校卒業、神奈川大学法学部中退。

1975年、愛奴のメンバー(ドラムス)としてプロ・デビュー。デビュー時からサングラスがトレードマーク。1976年にソロ・デビュー。メディア露出が極端に少ないものの、地道なライブ活動によって確実にファンを獲得。デビュー後数年間は、事務所からの方針により自らが目指す方向性を屈折させられ逡巡していた。その為、初期の頃は自分の生き方そのものへの懐疑を投げかけた楽曲が多く存在する。一般的に認知されているバラード楽曲の他にも父親の被爆体験から、日本や戦争を歌った楽曲も数多く存在し、いわゆるビッグネームの中では最もプロテスト色の強いアーティストである。

山口百恵、和田アキ子、甲斐よしひろ、松田優作、時任三郎、吉田栄作等に楽曲を提供している。ファンからは「浜省」の愛称で呼ばれている。
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浜田省吾(浜省) 来歴

浜田省吾(浜省)来歴

* 1952年に広島県竹原市に生まれる。
* 警察官の父の転勤のため、1955年頃から御調郡向島町岩子島、佐伯郡廿日市町宮内、佐伯郡五日市町(現広島市佐伯区)、広島市元宇品(現南区元宇品)と広島県内で転校を繰り返す。18歳までに20回近く引越しをした。
* 1963年江田島の海沿いの町、鷲部に転居。この頃ラジオから流れるビートルズの「プリーズ・プリーズ・ミー」を聴く。当時の洋楽はスイートなポップミュージックが主流だったので大きなショックを受ける。姉の誕生日プレゼントであるギターを取り上げギター演奏を始める。
* 1965年呉市天応に転居。FEN極東放送岩国を知り毎日ラジオに噛り付き洋楽を聴いた。
* 1968年県内有数の進学校、広島県立呉三津田高等学校入学(野球部で広岡達朗の後輩)。野球部を辞めた後はフォークソング・クラブ、新聞部に所属する他、生徒会役員となり地元の学生運動にも積極的に参加。ベトナム戦争を進めるアメリカに加担しながら、この年広島平和記念式典に出席した佐藤栄作首相の行動が矛盾するとして起こった、激しい反対運動にも参加した。こうした学生運動などの経験が、現在の曲作りの基礎になっているとよく言われるが、浜田省吾(浜省)本人はそのことを否定している。「アカ」と批判する父親とも激しくぶつかった。中学の同級・町支寛二らとバンドを結成、「広島フォーク村」にも参加した。大竹市に転居、広島市内の予備校、英数学館に通う。この頃はアメリカン・ニューシネマをよく見た。またビートルズの他、モータウン・サウンド、ボブ・ディラン、ザ・ビーチボーイズ、ラスカルズ、ジャクソン・ブラウンやJ・D・サリンジャーに傾倒、アメリカに強く憧れた。
* 1972年神奈川大学法学部に入学する。まだ学生運動が盛んな時代で、大学もロックアウトされたり、ストライキで休校されたり、こんな大変な時に親からお金を送ってもらう意味が無いと感じる。
* 1973年音楽にのめり込み大学中退。下宿を引き払う日、下宿前にあった大学構内で神奈川大学のセクトと他から来たセクトとの激しい内ゲバが発生。火炎瓶が飛び交い、学生達は傷ついてキャンパスに転がり、多くの死傷者を出した暴動を朝まで見た。広島に戻り「広島フォーク村」の音楽仲間と共に愛奴を結成。愛奴ではドラムを担当。デパートの屋上やこの頃は地元のテレビで演奏したりした。
* 1974年再び上京、吉田拓郎の全国ツアーのバック・バンドに愛奴(ドラム担当)として参加。それまでドラム経験はほとんどなかったが、必死で練習してツアーに間に合わせた。同年7月発売のよしだたくろう・かまやつひろしの画像シングル「シンシア」のB面「竜飛崎」は愛奴の演奏である。
* 1975年に愛奴として画像アルバム『愛奴』、画像シングル「二人の夏」でレコードデビュー。当時CBSソニーでは大量にプロモーションを行い、浅田美代子の「赤い風船」(セールス80万枚)を上回る100万枚以上のセールスを見込んでいたというが、実際には全く売れず惨敗という結果であった。バンド内での自分の存在や、シンガーソングライターへの憧れもあり、同年9月に愛奴を脱退。愛奴の全画像シングルA面は浜田省吾(浜省)が手掛けており、当時からソングライティングの意欲、素質を備えていた。
* 1976年4月21日に画像アルバム『生まれたところを遠く離れて』、画像シングル「路地裏の少年」でソロデビュー。ロック志向の自身にとっては不本意ながら、予算の都合上、生ギター本のスタイルで全国ライブ巡業を開始。直後に矢沢永吉のフィルムライブコンサートの前座を生ギター本で務めた逸話は、もはや伝説。自らライブコンサートのMCにも使われる。また当時アイドルだった竹内まりやの前座を務めた事もある。他にも歌わせてもらえる所ならどこでも、レコード店の店頭はもちろん、スーパーマーケットの催し、果ては演歌のながしのようにバーのカウンターの中でも歌った。この頃全国巡業での観客は30人から多くて200人程度で、描いた夢にはほど遠かった。70年代はセールスに恵まれなかったものの、着実な楽曲制作と地道なライブ活動によって確実にファンを獲得していく。
* 1979年8月、日清カップヌードルのCMソングとして書いた画像シングル「風を感じて」がスマッシュ・ヒット(オリコン25位、10.2万枚)。
* 1980年、画像アルバム『HOME BOUND』リリース。それまでの職業作家的な曲作りから、本格的ロックに音楽性が変化する重要作。初の海外レコーディング作品で、ニッキー・ホプキンスやスティーヴ・ルカサーなどアメリカを代表する一流ミュージシャンが参加した。
* 1982年1月12日日本武道館でライブコンサート。以降はライブコンサート・ツアーの名前をON THE ROADとする。
* 1983年4月1日に所属事務所であったホリプロダクションから独立し、音楽事務所「ロード&スカイ」を設立。後に尾崎豊(所属は約1年程で個人事務所アイソトープを設立し独立)、三浦知良、スピッツ、野宮真貴などが所属することになる。
* 1983年8月13日には福岡・海の中道海浜公園で初のワンマン野外ライブコンサート「A PLACE IN THE SUN」では25000人を動員。
* 1985年7 月27日‐28日つま恋多目的広場での吉田拓郎オールナイト・ライブコンサート「ONE LAST NIGHT in つま恋」で愛奴が再結成され、「ひらひら」「野の仏」「シンシア」の3曲でドラムをたたく。その際吉田拓郎から「浜田、前よりドラムうまくなったな」と言われる。
* 1986年に発売された画像アルバム『J.BOY』が初のオリコン・画像アルバムチャート第1位(5週連続)を獲得。
* 1988年8月20日の静岡県浜名湖・渚園での野外ライブコンサート「A PLACE IN THE SUN」では52,000人を動員。
* 1990年、「誰がために鐘は鳴る」を発売。それまでの疾走感あふれるロックから、内省的な曲作りへと移行する。
* 1992年にテレビドラマ「愛という名のもとに」の主題歌として発売された画像シングル「悲しみは雪のように」(1981年リリース曲のリメイク)が初のオリコン・画像シングルチャート第1位(10週連続)を獲得。200万枚近いセールスを記録。同時に、過去にリリースされた画像アルバムが多数チャートインするなど、空前の浜省ブームとなる。しかし、浜田省吾(浜省)本人はこの時期軽い鬱状態になり、全くメディアに出てはこなかった。
* 1993年、画像シングル「アヴェ・マリア/永遠の恋人」発表。印税収益のすべてを社会問題化しつつあったエイズの治療・研究に寄付。
* 1995年、画像シングル「我が心のマリア」発表。カップリングの「恋は魔法さ」は神戸を舞台にしたラブソングで、その年に発生した阪神・淡路大震災の復興を願い、印税収入を寄付。この画像シングルは同じ事務所の後輩である「スピッツ」や「区麗情」らとともに制作。PVにも登場している。
* 1997年、吉田拓郎の50歳を祝って拓郎のデビュー曲「イメージの詩」をカヴァー。拓郎自身もコーラスとアコースティク・ギターで参加している。CDとアナログ盤が同時発売された。
* 1998年には20世紀から21世紀をまたぐツアー「ON THE ROAD 2001」が4年がかりの構想でスタート。全国のホールやアリーナ、そして野外ライブコンサートがスケジューリングされた長いツアーが敢行された。このツアーでは127ヶ所196公演を数え60万人もの観衆を動員。
* 1999年、「HOME BOUND」「愛の世代の前に」「PROMISED LAND 〜約束の地」「DOWN BY THE MAINSTREET」「J.BOY」「FATHER'S SON」」「誰がために鐘は鳴る」のオリジナル画像アルバム7作にリマスタリングを施し再発。「DOWN BY THE MAINSTREET」「誰がために鐘は鳴る」はリミックス、「J.BOY」はリミックス、リアレンジメントが更に施されている。初回限定盤は紙ジャケであった。7作全作にそれぞれ2曲ずつCDEXTRA(限定盤も通常盤も同じもの)を収録している。
* 2003年3月19日に浜田省吾(浜省)本人を題材としたゲームが発売される。名前はOVER THE MONOCHROME RAINBOW featuring SHOGO HAMADA。アニメーションはProduction I.Gが担当した。
* 2004年、浜田省吾(浜省)、春嵐、水谷公生の3人でfairlifeという名のグループを結成。
* 現在もツアーやレコーディング等、音楽活動を精力的に続けており、平成18年年は松戸を皮切りにON THE ROAD平成18年-平成19年がスタート。
* デビュー以来、テレビには殆ど出演していないが、2001年には本人も制作に参加する形で、NHKの地上波、BS、BS-hiで浜田省吾(浜省)の音楽活動を広く紹介する番組が放映された。
* 平成18年年4月21日ソロデビュー30周年を迎えた。
* 平成18年年8月9日に2枚のベスト画像アルバムを同時リリース。また、The History of Shogo Hamada "Since1975"が3面紙ジャケット仕様(セルフライナーノート付き)で期間限定にて同時リリースした。
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